[Adventar] カンファレンスカメラマンという簡単そうで簡単でないお仕事

このエントリーはカンファレンスカメラマン Advent Calendar 201710日目の投稿です。

写真という趣味が、その壁を越えて仕事側にやってきたのが去年の夏。
初めて撮影スタッフをやったのはコマンドシフトシズオカでした。

今年は以下のイベントで撮影スタッフを行いました。

TEDxHamamatsu 2017 においては、ほぼサブ要員だったので、一番気合いを入れた CSS Nite in SHIZUOKA, Vol.6 での撮影反省と次回(?)への改善点などを。

(「簡単そうで簡単でないお仕事」とは、カメラ(写真)好きが気合いを入れると考えすぎて簡単ではなくなる…という意味です。)

撮影機材スペック

  • Canon EOS 6D
  • Canon EF28-70mm F2.8L USM
  • Canon スピードライト 430EX II

…新品では買えませんので、すべて誰かのお下がり品です。

反省点

会場が光の伏魔殿問題

会場の光源が直管蛍光灯で、その下にワイヤー状天井が張ってあったので妙に光の回り方が均等ではなく、光の伏魔殿だなーと感じました。セッションによっては壇上の電気をオンオフするので、原則ISOもホワイトバランスもオート(だったはず)。JPEG撮りだったので、後編集で少々苦労。最小サイズのRAWで撮っておけば良かったかなと思います。

会場内サイドの柱問題

会場の左右に柱が出っ張っていたため全く前方に行けず、登壇者の寄りの画が撮れなかったのが心のこりでした。幸いにも、前方に写真好きな助っ人参加者様がいたため、写真をシェアしてもらいました。

ただ、昨年夏のイベントで手持ち機材(MF 50mm + AF 80mm)ではアウトだと思い、28-70mm を購入したことは結果的に良かったです。あまり歩き回れないので、会場全体と登壇者のズームをこれ一本でいけたので。

前方に音響担当スタッフがいたので、次回はその人にもカメラを託そうと思いました。

会場略図:部屋の左右に出っ張った柱があるため参加者座席の後方しか移動ができない

コミュニケーションしながら撮れない問題

普段は全く人を撮らないので、参加者とコミュニケーションしながら撮影するのが難しかったです。懇親会になってやっとほぐれた感じ(笑)。ここもうちょっと頑張らないとなーと思います。スピードライトは懇親会で使用。

まとめ

なんだかんだ言いながら、楽しく最後までやれたのが一番良かったですね。登壇者の方の後日フォローアップでも写真を使っていただけたので、単にイベントの記録というだけでなかったことが撮影者冥利に尽きました。

あとは、TEDxHamamatsu 2017 で Facebook Live のカメラ係をやれたのも新しい体験でした。スマホ用スタビライザーの操作が楽しい(笑)。

ただひとつの問題は、子どもに母の仕事は「写真撮る人」と思われているらしいということです(本業はウェブ制作者)。

来年もがんばるぞー(?)。

[Adventar] 「品質としてのHTML」という意識とウェブアクセシビリティ

このエントリーはWeb Accessibility Advent Calendar 2017 7日目の投稿です。

初日からちょうど一週間ということで、箸休め(的な)ポエムに少々お付き合いください。私から見えている世界の話を書いてみます。アドベントカレンダーの本題とは少々かけ離れた内容かもしれませんが、同じ線上のトピックということでご容赦ください。

限られた時間のそのなかでは…

今年は小さい集まりなどでウェブアクセシビリティ(以下、A11y)のことを話題にすることがありました。

まだまだデザインカンプを制作したうえでコーディングに着手することの多い、私から見えている世界。クライアントもIT・ウェブ慣れしていない方が多いため、その手法は現時点ではまだ致し方ないなと思っています。

“見た目駆動”+限られた時間でコーディング作業を進めていくなかで、A11yに取り組むには、マークアップに意欲的に取り組む方でも「対応する時間が…」「学習コストが高く感じる」「必要性がいまいち…」という思いがあるようです。

参入障壁の低いこの世界の片隅では…

マークアップに意欲的に取り組む方がいる一方で、参入障壁の低いウェブ界隈、制作者のスキルもさまざまです。

ちょっとくらいHTMLが間違っていてもブラウザが解釈してくれる場合もありますし、作り込まれた無料HTMLテンプレートもインターネット上にはたくさんあります。

また、CSSフレームワークのドキュメントに沿ったHTMLを記述したり、A11yに配慮された jQuery プラグインなどを利用したりすることで、制作者が意図していなくても、ある程度のA11yは担保されるようになってきています。(この記事を読んでくださる多くの方には、釈迦に説法だとは思いますが…。)

ともすると、文法的に正しいHTMLを知らずとも済んでしまう状況があるのも、また現実ではないでしょうか。

文法的に正しいHTMLとA11yは切っても切り離せない関係。「A11yって大事だよ」と説くより、「HTMLも品質のうちだよ」と説くことの方が先かな…と思うのです。少なくとも私から見えている世界では…。

ありがとう、ヘイドンさん

そんなことを考えているさなかに読み始めた、ヘイドン・ピカリング氏の「インクルーシブHTML+CSS & JavaScript 多様なユーザーニーズに応えるフロントエンドデザインパターン」。その冒頭にこんな一文があります。

本来、デザインの仕事とは、熟慮することです。そして、問題に対するベストな解決策を追求することです。それが「見た目の美しさ」という範囲だけでデザインをとらえることで、Webの大半は本来の意図から外れてしまっています。これは、低いアクセシビリティ、貧弱なパフォーマンス、そして全体的な有用性の低下につながります。

また、JSONから必要なデータを取り出す例を挙げ、このように続けます。

データの構造を考え、最適解を導き出すための試行錯誤をすることがデザインなのです。

このヘイドン氏の言葉を読んで、もやもやが晴れたことはいうまでもありません。「ウェブのデザインってやっぱりそういうことだよね、これまでの経験から学んできたことは間違ってなかったね…。」と心の中で小さく“ヨッシャ”しました。(ヘイドンさん、ありがとう。そして日本語で読めるようにしてくださった出版社さん、太田さん、伊原さんはじめ、関わったみなさん、ありがとう!)

コーディングする人だけじゃなくて、プロジェクトに関わる人すべてが、「HTMLも品質のうちである」と認識してくれるといいなぁ、などと思った2017年暮れでした。


来年は「良いウェブサイトとは?」「品質とは?」といったことを考える場を作ったり、インクルーシブ本(やピンク本)の布教活動など、引き続き地道な活動を続けていけたら…などと(またも)薄ぼんやり思っています。

明日8日目は kikeru_umenu さんの投稿です。よろしくお願いします。


余談:
静岡県がUDを推進していたり、文化政策学部のある大学があることから、それらに関連するUDシンポジウムや文化多様性研究の発表会に参加し、ウェブ以外でのアクセシビリティや、外国人居住者の多様性について視野が広がりました。たまにはこういうのもいいですね。

[Adventar] 至福の泡のフィルム写真回想録

このエントリーはフィルムカメラ Advent Calendar 3日目の投稿です。
フィルムカメラ、といいつつ、半分はフィルム写真の話に…。

私は、現在ウェブ系のフリーランサーをしています。趣味が高じ、写真作家として活動を始めてもう7年(中断期間はありますが…)、フィルムカメラ歴は30年くらいになりますか。生まれた頃はフィルムカメラが全盛でしたからね。詳しいプロフィールは写真展のページをご覧ください。

“死んだ写真”がとても嫌で…

今年は8月、9月の2ヶ月間にわたりフィルムの写真展をさせてもらいました。

“させてもらいました”というのも、静岡市にあるフェルケール博物館から「ギャラリーで展示しませんか?」とお誘いをいただいたのがきっかけ。

今年行った写真展は4回目。過去の2回の反省を踏まえ、悔いを残さないようにと臨みました。

去年(2016年)3月に行った2回目の個展は、撮りためていたフィルム写真をストーリー仕立てで再構成したもの。10月の3回目は、Canon EOS 6D で撮ったものを Lightroom でガリゴリとフィルム調に加工したもの。

開催後に振り返ると、前者はトンマナの統一が図れてないことが、後者は“死んだ写真”だったのがとても嫌で…。次は「絶対フィルムでの撮り下ろしで、トーンをそろえた写真でやりたい」と思っていたさなかのお誘いでした。

作りたいものを作れ、主題はあとからついてくる

「とりあえず作りたいものを作れ、主題はあとからついてくる」という、忘れられぬ言葉があります。それを胸に構想を練りました。とりあえず決まったのは次の4点。

  • カメラは Hasselblad 500 C/M(Carl Zeiss Planar T* 2.8/80)
  • フィルムは Ilford Delta 100 x 5本
  • 撮る時間帯は同じ
  • 被写体は「波の泡」

私は仕事場に近い海岸でよく撮ります。波の泡がビールの泡みたいで美味しそうだな…というところから、これをテーマに作品を作りたいなと考えていました。(もう閉幕したので告白しますが、写真展タイトルの「Blessed Hours(至福の時)」は“泡s”が由来の駄洒落です。)

しかし子持ち母、撮影する時間がまとめて取れません。そこを逆手にとって、撮影期間は2月〜5月、仕事帰りのマジックアワー10〜15分のみ。そして、天気は荒れ気味なとき。冬の嵐にハッセルは砂まみれになりながら…。

結果、勝手に主題はついてきました。
(心境などは私感に。)

写真:ハッセルのファインダー越しに見る海
ハッセルのフォーカシングスクリーンは、標準のものより明るいアキュートマットスクリーンに換装している(Camera: iPhone SE)

懐は冷えるけど、、も

開催期間は2ヶ月間。
フレームを借りるにも高くつくし、展示スペースが赤茶色のレンガ壁だったため、またも逆手にとり「木製パネル張りにして、プリントに余白を付けてしまえば映えるのではないか」という安直な発想で木製パネル張りに。

余白を2cmにするか5cmにするか悩みましたが、フレーム+マットのイメージに近づけたく5cmに指定しました。木製パネルは40cm角、水張りテープはもちろん黒で。

フィルム写真で展示というと、手焼きなのかな?と思われるのですが、プリントからパネル加工まですべてプロラボにお任せです。今回の展示作品はすべてデジタル出力となるので、お気に入りの一枚だけバライタの手焼きも1枚だけお願いしちゃいました。うん、やっぱり手焼きはいい(笑)。

写真:搬入で展示されるのを待つ木製パネル張りの作品群
作品点数は全部で10点(Camera: Canon EOS 6D)

世界に目を向ければ、まだ

すこし脱線して相棒の話をしましょう(こちらが Advent Calendar の本題ですね)。

最初にフィルムカメラを触ったのは110(ワンテン)という規格のもの。
若い方は馴染みが無いかもしれませんが、いまでも「デジタルハリネズミ」にその面影を残しています。

父からもらった OM-1、学生時代にバイト代をはたいて買った EOS 100、とフィルムカメラを使い、その後は出始めたばかりのデジタルカメラに浮気をしていましたが、2009年頃のフィルムブームでまた戻ってきました。

冒頭の写真は現在持っているフィルムカメラたちです。
写真右上から Hasselblad 500 C/M、ロシア生まれの FED 2、ハーフな Olympus PEN EED、Mamiyaflex Automat B、そして愛機の Olympus OM-1。これに加えて、ディスプレイ用のジャンク蛇腹カメラが2つあります(笑)。Olympusのオールドレンズもいくつか持っており、デジタルの PEN F に取り付けては遊ぶ日々です

フィルムはほぼ白黒。カラーも使いますが、年々高価になっていくので本当に使う機会は少なくなりました。
好きなフィルムは Kodak Tri-X と FUJIFILM PRO 400H。これはワークショップに通っていたときからの受け売りです。

近年、フィルムがどんどん高くなり、数が減り…この先どうしようと少し悲観的になりますね。しかし世界を見渡すと、クラウドファンディングでブランドを再興したり、新しくフィルムを作ったりする人たちもいたりして、個人的にはまだ大丈夫かな…という印象です。実は日本発のフィルムもあったり。

自分の Instagram の反応を見ていると、外国では白黒フィルム写真が人気あるのかなとも感じます。

フィルムね、いいですよ。やっぱり(ざっくり)。今は手の中でいくらでもフィルム調に加工できますが、それはやはり“フィルム調”であり、フィルムではないですから。

写真:Olympus OM-1で撮影した白黒フィルム写真(山手線のホーム)
Camera: Olympus OM-1, G.ZUIKO Auto-S 55mm 1:1.2
Olympus OM-1で撮影した白黒フィルム写真(国立新美術館のガラス壁)
Camera: Olympus OM-1, G.ZUIKO Auto-S 55mm 1:1.2 w/ Lightroom

フィルムは続くよ、どこまでも

写真展、それそのものは実に静かに始まり、静かに終わりました。いつも見に来てくださる方や、遠方から立ち寄ってくださる方もいました。ありがとうございます。

こぢんまりとした展示でしたが、作家としては作品と主題がカチッとはまった非常に満足のいくものでした。写真展には間に合いませんでしたが、Photobackでコンセプトブックも作りましたので、興味のある方はご覧ください。

せっかく作り込んだ作品なので、またどこかで展示できたらいいなと思っています。

フィルムね、いいですよ。続けていきましょ。


明日の フィルムカメラ Advent Calendar は @4_5matworksさんですね。よろしくお願いしまーす。

[AccFes] アクセシビリティについて、たとえば小さなフリーランサーができることは

5月18日、神戸市で開催されたアクセシビリティの祭典に参加をした。

5月の第3木曜日は世界的にアクセシビリティについて考える「Global Accessibility Awareness Day (GAAD)」。それに合わせて開催されたイベントである。

デジタル(Web、ソフトウェア、モバイルなど)のアクセシビリティとさまざまな障害のあるユーザーについて、みんなで話したり、考えたり、学んだりする機会を持つことです。(via: GAAD

当日はウェブに関わる方のセッションをはじめ、支援技術やデバイスの展示など、多くの人が会した。

イベントの雰囲気やセッションについては、公式サイトや Togetter を見ていただくとして、いち参加者として考えたことを書いてみようと思う。

※ この記事でのアクセシビリティとは、主にウェブアクセシビリティを指す。

大きなA11y、小さなA11y

A11yとは“Accessibility”の略である。そう、長い。
Aとyの間に11文字あるので、そう略されるようだ。

今回の祭典は、始発の新幹線で神戸に入り、朝イチから参加をした。
全体を通して感じたのは、チームやプロダクト、上流工程から関わる受託案件に話が寄っていたなということ。そこに集まるのはアクセシビリティを推進していたり、ウェブを作るうえでの重要事項として高い興味を持っている人たちなので、そうなることは必然的だ。

それはさておき、障害者差別解消法が施行されてから1年が経ち、いろいろなウェブサービス企業でのアクセシビリティの取り組みを聞くようになった。

企業がアクセシビリティに取り組むこと、それが社会的意義のあることだと認知され、チームでの取り組む姿勢や、プロダクトをアクセシブルにすることなど話題に欠かない。非常に素晴らしいことだと思う。

こういった流れを仮に「大きなA11y」としよう。反対に、予算や規模の小さい案件、それにおける下流工程、小さな現場での取り組みなどの流れを「小さなA11y」とする。

図:大きなA11y、小さなA11yのイメージ

私は「小さなA11y」に属するフリーランサーだ。コーディングのみの案件や、小さな商店のウェブサイトを主に制作している。仕事の大半が納期との戦いだったり、アクセシビリティ以前の問題(とりあえず作りたい、売上げを伸ばしたいなど)を抱えていることが多い。そしてほとんどの場合で、アクセシビリティは制作者の良心に任せられている。

そんな「小さなA11y」において、アクセシビリティに取り組む意義とはなにか、それがこの先、仕事にどう繋がっていくのかと考えていた。

とはいえ、参加が無意味だったかのかといえば、それは違う。
神戸市の取り組みはアクセシビリティ継続には組織性が大事だと教えてくれたし、初めて目にするユーザビリティテストは、新しい物の見方を提供してくれた。

エンタメ要素あり、ハイエンドな内容あり、違う価値観、アプローチを楽しく感じ取ることができた1日であったのだ。そして小さなフリーランサーとして何ができるか、あらためて考えた1日でもあった。

アクセシビリティに取り組みたい小さなフリーランサーに、なにができるか

では、私のような小さなフリーランサーにできることはなにか。
すでに実践しているものも含め、思いつくままにいくつか挙げてみる。

  • 自分ひとりでできること
    • 自分の技術の精度を上げる、磨く
    • アクセシビリティに取り組めるプロジェクトを自ら持つ
    • イベントに参加する、ブログに書く
  • 周りの人(制作者)とできること
    • 自分なりの啓蒙ツールを作る(精神の再翻訳)
    • パートナー先やローカルでの啓蒙活動(勉強会)
    • 勉強会でLTする
  • 第三者にできること
    • 中小の経営者層への相談窓口になってみる
    • 自治体の広報モニターをしてみる

実に地味である。
アクセシビリティはUXなどに比べて“キラキラ感”が足りない、効果が見えにくいといった話題も質疑応答セッションで挙がった。しかし、私の周囲においては、まだまだこの地味な活動が有効ではないかと思っている。

図:自分ひとりでできること、周りの人とできること、第三者にできることのイメージ

自分ひとりでできること

ひとりで勉強すること、そしてそれを実践する場を持つこと。
自分のブログでも、ボランティアのサイト運営でも、何でもいいと思う。

周りの人とできること

自分の周りの制作者の温度感に合わせて、アクセシビリティを再翻訳してみる。言い換えるなら、先に立ってアクセシビリティを推進している人たちの言葉を再構築してみる。

どうすれば身近な問題と捉えてもらえるか、どんな情報がインパクトを与えるか。素材にできるものは以前より増えている。それらを使って自分のツールを作ってみる。

それをもって勉強会を開いたり、自らLTをしてみる。

第三者にできること

どこの自治体にも広報誌というものがある。そして広報モニターというものもある。広報誌にとどまらず、ウェブサイトやラジオ番組などもモニターの範囲に含まれる。自分の住んでいる自治体の広報モニターになって小さな一石を投じてみる。

これはもう少し先の話かもしれないが、地域社会でアクセシビリティの機運が高まったら相談窓口になってみる。組織に属さないからこそ、自由な活動ができる。

とにかくローカルで声をあげ続けること。
「小さなA11y」を自分の周りから広げていく、小さなフリーランスの役割は“やはり”そこなのだなと考えている。

まとめ

アクセシビリティは公共性の高い問題だ。本当のところは“大きい”も“小さい”もない。そしていろいろな視点を通して語られる・語っていい問題だと思う。関わる人によって見える世界が違うように、考えるアクセシビリティもまた違うのだ。

そして、いきなり高尚なことをしたりする必要はないとも思う。GAAD のサイトにもこのように書かれている。

テクノロジーを障害のある人々に対してアクセシブルにしたり、その使い勝手を向上させたりすることに関心がある人でも、現実にはどのように何から着手すればよいかが分からないことが少なくありません。まずは、知ることから始めましょう。(via: GAAD

興味があるのなら、まずは知ることから始めよう。それこそがアクセシビリティへの第一歩である。そして、そんな人々の助けになるような制作者となれるよう、私は引き続き目指していきたい。


P.S. 1さまざまな価値観や意見に触れ、考えを深める場を作ってくださったアイ・コラボレーション神戸、およびインフォアクシアのみなさまに、あらためまして感謝申しあげます。来年はもう少し勉強して参加します。

P.S. 2 懇親会でアクセシビリティおじさんに「アクセシビリティかあさん」を公認いただいたので、今後は肩書きに加えようと思います。

「コンテンツ」と「コミュニケーション」の関係がいまいちピンとこないあなたへ

先日、CSS Nite in SHIZUOKA 新代表の池田さんがこんなブログ記事を書かれた。(未読の方はぜひ読んでみて欲しい。)

CSS Nite in SHIZUOKA, Vol.6のテーマについて|池田僚介

今回のテーマは、運営スタッフ間の議論で『コンテンツ』と『コミュニケーション』というキーワードに至ったことが、キッカケとなります。

今回の静岡版CSS Niteのテーマは「制作者・クライアントそしてユーザーへ、伝える伝わるWebコンテンツ制作」である。しかしながら、当初は「コンテンツ」と「コミュニケーション」の関係性があまり消化できていなかった。自分のなかの“モヤモヤ”を棚卸ししながら今回は書いてみたい。

作り手と読み手のコミュニケーション

人間というものは面白いもので、気になるキーワードが心の中にあると、それに関した事柄が目に入りやすくなる。引き寄せとでも言うのだろうか。

そんなさなか、数日前にこんな記事を読んだ。
筆者は「北欧、暮らしの道具店」を手がけるクラシコム代表の青木さん。

イベントで寄せられた質問に筆者が回答を寄せているのだが、腑に落ちる部分があった。

コンテンツをつくって、それが流れていくことは無駄なことではない。 – クラシコムジャーナル

「僕はコンテンツをつくる時(あるいはコンテンツづくりに関わる時)一つ一つのコンテンツを「作品」とか「資産」とは思っていないのかもしれません。僕にとってコンテンツをつくり、リリースすることは「コミュニケーション」の一つの手段だと思っています。

僕がしたいことは何かの意見や、情報や、表現を広く伝えたり、世に問うたりすることではなくて、コンテンツを通じた「コミュニケーション」によって読者に喜んでもらうことや、それを積み重ねることで良い関係をつくり、メンテナンスし続けることです。

ああ、そう言うことか。
それならこのブログを始めた時から、既にやっているのでは?

読み手のことを考えながら自分のアウトプットとして記事(コンテンツ)を書く、役に立てたらいいなーと思う。これこそコミュニケーションじゃないのか。(結局考えすぎて遅筆、お蔵入りになってしまうのだけど…。)

このブログは2005年に始めてもう12年になるけれど、そんな気持ちで書いた記事はいまだにアクセスがある。

MovableTypeでスタートしたこのサイトだが、WordPressに移行し、SSL化をしたり、ディレクトリ構造・パーマリンク設定を変更するなどを経ているが、その都度 301リダイレクトをして訪問者が迷わないようにメンテナンスをしてきた。先ほど引用した言葉を借りるのであれば、このようなコンテンツのメンテナンスだって立派なコミュニケーションではないだろうか?

つまりは「読み手」のことを考えているか、ということだ。

作り手同士のコミュニケーション

読み手という側面からの「コンテンツ」と「コミュニケーション」は腑に落ちた。ならば、コンテンツを生みだす制作の現場でのコミュニケーションはどうだろうか?

先日、CSS Nite in SHIZUOKA Vol.6 の登壇者でもある森田哲生さんの著書「書かなきゃいけない人のためのWebコピーライティング教室」を拝読した。

「相手がまだ知らないかもしれないこと」を伝えるときに、まずは、「自分も相手も知っていること」を入口にして、互いの視線を合わせてからスタートすることが肝心だと思っています。

「おわりに」で森田さんはこのように書いている。これは同著の要ともいえる点であるが、「互いの視線を合わせてからスタートすること」は、伝えたいことを伝えるために最も重要なことだと私も思う。

それは作り手と読み手だけでなく、コンテンツを作る制作者同士でもいえることだ。クライアントと営業、営業と制作、ディレクターとデザイナー、デザイナーとコーダー・エンジニア…思い当たる節はひとつやふたつではないはず…だ。

「伝えたい」ことを上手く伝えられれば、聞き出せたら…いま流行の「タラレバ」ではないが、そこで堂々巡りしていてはもったいない。幸いして多くのアイデアや手法、ツールがインターネットを介して利用できる時代である。テクニックやツールでカバーできる点はどんどん活用し、さらにはよりよいコンテンツを作っていくことができると思う。

すべての人に共通した正解はないが、ヒントは得られるはず

このように、ウェブ制作においても「作り手と読み手」、作り手と作り手」とさまざまなコミュニケーションがある。また、デジタル時代においてコミュニケーションの手段が手軽になった反面、その質を問われることが多くなった気がしている。

だからこそ、CSS Nite in SHIZUOKA, Vol.6 でいまいちど「コンテンツとコミュニケーション」のことを考えてみたい。すべての人に共通する完璧な解答はないが、「!」と思うヒントはすべての人が得られるはずである。