さくらんぼ計算とはなんぞや…

それを知ったのは3週間ほど前のこと。
算数の宿題プリントをチェックしている時のことだ。子供は小学1年生、繰り上がりの足し算が授業で始まったばかりである。

丸付けのために計算式を眺めると何かがおかしい。(書き取りと計算ドリルは家で丸付けが必須なのだ)すべての式で、解がえらく多いのだ。

図:8+6=22?

「さくらんぼ計算」。
そのプリントにはそう書いてあった。なんだそれは。少なくとも自分が子供の頃はなかったね。

式の左の値が10になるように右の値をふたつに分けて計算をするやり方のようだ。
親の値から線を引っ張って計算するからさくらんぼ計算。なるほどね…。

間違いの原因は、そこに書き出した数字も全部足してしまっていると。

ということで、右の値を分けたら親の数字をバツで消してみな、とアドバイスしてみた。

図:8+6=14 6を2と4に分けて6をバツで消す

確かに10のまとまりを意識させるにはいい方法だとは思うのだけど、一方ではつまずきの原因だし(大人にとっても分かりづらい)、さくらんぼ計算を解くことが目的になってるように感じて胸のあたりに詰まりを覚えた。

(繰り上がりの計算自体は問題なくできているし、10のまとまりも分かっているようなので、この方法が合ってない感じ。先生も工夫して教えようとしてくれてるのは伝わってくる。)

公文教室をしている年長の友人にそんなことを話してみると、「親子で悪戦苦闘してるうちに子供の方が計算できるようになってるわよ(笑)」と、もっともな意見をもらった。

この計算方法も元は「分配」と言われるそうで、いつからか「さくらんぼ」という可愛い名前がついたとのこと。

減算になるとさらにややこしくなるようなので、個人的にはタブレットなど使って視覚的かつ反復練習できるといいのかなと思ってみたり。

ということで、えっちらほっちら算数と向き合ってみようと思う、秋さらに深まる今日この頃。

余談
視覚的に理解の助けになるかと思ってアプリを入れてみた。動きが目に見えるから分かりやすいみたい。

Math Animations (Grades 1-8) by Xicheng Dong
https://itunes.apple.com/jp/app/math-animations-grades-1-8/id579825429

図:Math Animationsで8+6を計算する画面

 

秋の夜長に、母と弁当を巡るどうでもいいエトセトラ

今月は子供の校外学習だ、参観会の代休だ、と弁当の日が多い(と言っても3日間なのだが…)。

学区の端から通う朝は早い。限られた時間の中で弁当を作るにあたっての三箇条を書き連ねてみよう思う。

1. 三色は死守せよ

高校生の時は毎日が弁当持ちであった。今考えると、3年間もよく母は作ったなぁと感心もする。

給食の調理師という彼女の仕事柄、娘の弁当ひとつ作ることなど赤子の手をひねるも同然だっただろう。そんな母が言っていたことを今でも覚えている。

「三色揃ってれば美味しそうに見えるの。」

思い返せばブロッコリー、プチトマト、玉子焼の三品がよく入っていたっけ。

当時は「へー、そうですか」とぐらいにしか思っていなかったが、デザイナーという職業に就き、色彩や心理学をかじるとそれが理にかなっているのだと知った。

それは我が子の弁当にもしっかりと受け継がれている。玉子焼は最低限作る。プチトマトも入れる。緑ものは何とかして…。

ということで、第一条は「三色は死守せよ」。

2. 冷凍食品は上手く利用せよ

手作り弁当…なんと甘美で温かい言葉。前の晩から仕込み、朝早く起き白い割烹着を着て手の込んだおかずを作る。

目を覚ますのだ、自分。現実は平均して25分くらいで作らなければならない。甘美で温かい言葉とは程遠い幻想…。

そんな時短が原則の現代の弁当作り、冷凍食品はいつでもオールオブ“ものぐさおかん”の大いなる味方である。

主菜から添え物まで、冷凍食品が入らない日はない(多くのご家庭でもきっとそうに違いない…)。唐揚げ、グラタン、野菜のソテー。最近ではレンジで解凍せずに、そのまま詰められるものもある。

最近よく使うようになったのは「冷凍ブロッコリー」だ。茹でてカットしてあるやつ。緑ものが少ない冬場には、三色死守に必須な食材だ。

袋の指示には「ラップしてレンジで解凍してね」とある。しかし、ひとつやふたつそこらを“チン”するのは時間の見極めが難しいのだ。水気が飛びすぎたり、焦げてしまったりなんてのは常。

ある時、マグカップが目に入って気がついた。あー、これに湯を入れて溶かせばいいと。それ以来、冷凍ブロッコリーの出番が増えたのは言うまでもない。

第二条、「冷凍食品は上手く利用せよ」。

3. 味付けは調味料だけにあらず

ものぐさ玉子焼のことは前に書いた。相変わらずおかずのセンターポジションにいる。

玉子焼の味付けは塩か砂糖か白だしが定番と思われるが、我が母の定番は乾燥わかめだった。黄色と緑のコントラストもさることながら、わかめの塩分が程よく旨味を醸し出す。

これにならって、地場名産釜揚げしらすやら、塩昆布やら、ゆかりやら、思いつくものを放り込んでみた。

「昆布のまた作って❤︎」
ふむふむ、我が子は塩昆布がお気に召したようだ。また作って❤︎と言わず、毎回作って差しあげるぞ、子よ。なにしろ母はものぐさである。

となれば、品質向上に努めなければならない。実は一般的な塩昆布は卵と混ぜて調理するには少々長く、芽ひじきのような細かい昆布の発掘が急がれた。

スーパーの乾物商品棚を眺め、見つけた「きざみフジッコ」。

ふりかけ用とあって昆布は程よく細かく、ゴマも入っている優れものである(私にはそう思える)。求めていたのはこれ!心の中でだけ小躍りしてレジに向かったのは言うまでもなく。

(いま改めて商品紹介をウェブで見ていたら、フジッコサイトで塩昆布玉子焼が紹介されていた。)

第三条、「味付けは調味料だけにあらず」。

さてとまあつらつらと書いてはみたが、この三箇条はさして目新しいことではないことは知っている…のであるが、なんだか書かずには居れなかった。

なんでだろうな。大病してから料理する回数も減った母を見ていたら、秋の夜長にふと書きたくなったのだ。

さぁ、来週もまた初っ端から弁当だ。冷蔵庫の中を確認しておかなくては。

ハッセルを修理に出した

Hasselbead を修理に出した。

きっかけは8月。風鈴を仲間と撮りに行ったとき、シャッターが切れなくなったのを認めたからだ。

シャッターボタンを押してもミラーが跳ね上がらない。レンズとボディは連動できていることを確認したので、原因はボディ側だと容易に分かった。

パリでの結婚式に持って行きたくて買った、それこそ思い出の詰まった Hasselbrad である。このまま文鎮にしておくわけにもいかず、地元のカメラ屋に持ち込んだ。

そして約2週間後。
修理を終えて戻ってきた Hasselbrad は、なんだか淡い光を纏っているようにも見えた。ほんのちょっと旅で少し大人になった我が子が、よそ行きの顔で帰ってきたかのような光。

「修理屋さんが、『砂だらけでジャリジャリで!この人砂漠でも行ったんですか?!』って言ってましたよ。」

カメラ屋の主人は、半分苦笑いうような顔をしてこう言った。

ああ、やっぱり原因は砂であったか。
砂漠ではないが荒れ模様の砂浜に持って行った記憶がはっきりとある。その時はレンズのヘリコイドに砂が入ってしまい、やっちまったなぁ…とぐらいにしか思っていなかったが。

とにもかくにも、痛い出費ではあったが相棒はボディもレンズも綺麗になって戻ってきた。ごめん、これからはもっと大事にするよ。

今年、カメラを修理に出すのは二度目。
自分もあーだこーだと人生のメンテをする年回りとなったのは、奇遇であろうか。

写真:砂つぶさえ映る強風の浜辺
Hasselbrad を砂浜に持ち出した日の写真。
そりゃ、砂つぶだって写るんだもの。カメラだって壊れるさ。