5月18日、神戸市で開催されたアクセシビリティの祭典に参加をした。
5月の第3木曜日は世界的にアクセシビリティについて考える「Global Accessibility Awareness Day (GAAD)」。それに合わせて開催されたイベントである。
デジタル(Web、ソフトウェア、モバイルなど)のアクセシビリティとさまざまな障害のあるユーザーについて、みんなで話したり、考えたり、学んだりする機会を持つことです。(via: GAAD)
当日はウェブに関わる方のセッションをはじめ、支援技術やデバイスの展示など、多くの人が会した。
イベントの雰囲気やセッションについては、公式サイトや Togetter を見ていただくとして、いち参加者として考えたことを書いてみようと思う。
※ この記事でのアクセシビリティとは、主にウェブアクセシビリティを指す。
大きなA11y、小さなA11y
A11yとは“Accessibility”の略である。そう、長い。
Aとyの間に11文字あるので、そう略されるようだ。
今回の祭典は、始発の新幹線で神戸に入り、朝イチから参加をした。
全体を通して感じたのは、チームやプロダクト、上流工程から関わる受託案件に話が寄っていたなということ。そこに集まるのはアクセシビリティを推進していたり、ウェブを作るうえでの重要事項として高い興味を持っている人たちなので、そうなることは必然的だ。
それはさておき、障害者差別解消法が施行されてから1年が経ち、いろいろなウェブサービス企業でのアクセシビリティの取り組みを聞くようになった。
企業がアクセシビリティに取り組むこと、それが社会的意義のあることだと認知され、チームでの取り組む姿勢や、プロダクトをアクセシブルにすることなど話題に欠かない。非常に素晴らしいことだと思う。
こういった流れを仮に「大きなA11y」としよう。反対に、予算や規模の小さい案件、それにおける下流工程、小さな現場での取り組みなどの流れを「小さなA11y」とする。
私は「小さなA11y」に属するフリーランサーだ。コーディングのみの案件や、小さな商店のウェブサイトを主に制作している。仕事の大半が納期との戦いだったり、アクセシビリティ以前の問題(とりあえず作りたい、売上げを伸ばしたいなど)を抱えていることが多い。そしてほとんどの場合で、アクセシビリティは制作者の良心に任せられている。
そんな「小さなA11y」において、アクセシビリティに取り組む意義とはなにか、それがこの先、仕事にどう繋がっていくのかと考えていた。
とはいえ、参加が無意味だったかのかといえば、それは違う。
神戸市の取り組みはアクセシビリティ継続には組織性が大事だと教えてくれたし、初めて目にするユーザビリティテストは、新しい物の見方を提供してくれた。
エンタメ要素あり、ハイエンドな内容あり、違う価値観、アプローチを楽しく感じ取ることができた1日であったのだ。そして小さなフリーランサーとして何ができるか、あらためて考えた1日でもあった。
アクセシビリティに取り組みたい小さなフリーランサーに、なにができるか
では、私のような小さなフリーランサーにできることはなにか。
すでに実践しているものも含め、思いつくままにいくつか挙げてみる。
- 自分ひとりでできること
- 自分の技術の精度を上げる、磨く
- アクセシビリティに取り組めるプロジェクトを自ら持つ
- イベントに参加する、ブログに書く
- 周りの人(制作者)とできること
- 自分なりの啓蒙ツールを作る(精神の再翻訳)
- パートナー先やローカルでの啓蒙活動(勉強会)
- 勉強会でLTする
- 第三者にできること
- 中小の経営者層への相談窓口になってみる
- 自治体の広報モニターをしてみる
実に地味である。
アクセシビリティはUXなどに比べて“キラキラ感”が足りない、効果が見えにくいといった話題も質疑応答セッションで挙がった。しかし、私の周囲においては、まだまだこの地味な活動が有効ではないかと思っている。
自分ひとりでできること
ひとりで勉強すること、そしてそれを実践する場を持つこと。
自分のブログでも、ボランティアのサイト運営でも、何でもいいと思う。
周りの人とできること
自分の周りの制作者の温度感に合わせて、アクセシビリティを再翻訳してみる。言い換えるなら、先に立ってアクセシビリティを推進している人たちの言葉を再構築してみる。
どうすれば身近な問題と捉えてもらえるか、どんな情報がインパクトを与えるか。素材にできるものは以前より増えている。それらを使って自分のツールを作ってみる。
それをもって勉強会を開いたり、自らLTをしてみる。
第三者にできること
どこの自治体にも広報誌というものがある。そして広報モニターというものもある。広報誌にとどまらず、ウェブサイトやラジオ番組などもモニターの範囲に含まれる。自分の住んでいる自治体の広報モニターになって小さな一石を投じてみる。
これはもう少し先の話かもしれないが、地域社会でアクセシビリティの機運が高まったら相談窓口になってみる。組織に属さないからこそ、自由な活動ができる。
とにかくローカルで声をあげ続けること。
「小さなA11y」を自分の周りから広げていく、小さなフリーランスの役割は“やはり”そこなのだなと考えている。
まとめ
アクセシビリティは公共性の高い問題だ。本当のところは“大きい”も“小さい”もない。そしていろいろな視点を通して語られる・語っていい問題だと思う。関わる人によって見える世界が違うように、考えるアクセシビリティもまた違うのだ。
そして、いきなり高尚なことをしたりする必要はないとも思う。GAAD のサイトにもこのように書かれている。
テクノロジーを障害のある人々に対してアクセシブルにしたり、その使い勝手を向上させたりすることに関心がある人でも、現実にはどのように何から着手すればよいかが分からないことが少なくありません。まずは、知ることから始めましょう。(via: GAAD)
興味があるのなら、まずは知ることから始めよう。それこそがアクセシビリティへの第一歩である。そして、そんな人々の助けになるような制作者となれるよう、私は引き続き目指していきたい。
P.S. 1さまざまな価値観や意見に触れ、考えを深める場を作ってくださったアイ・コラボレーション神戸、およびインフォアクシアのみなさまに、あらためまして感謝申しあげます。来年はもう少し勉強して参加します。
P.S. 2 懇親会でアクセシビリティおじさんに「アクセシビリティかあさん」を公認いただいたので、今後は肩書きに加えようと思います。
アクセシビリティかあさん公認いただけました(謎)。
— totocoto, ShimiKumi (@oratnin) 2017年5月18日